小林一三
こばやしいちぞう
阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者。阪急電鉄創業や宝塚歌劇団設立など、小林一三が確立した鉄道事業をベースにした都市開発モデルは、現在の私鉄の事業計画でも活用されている。のちに政治家となり、商工大臣や国務大臣などを歴任した。
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年表、功績
活躍の軌跡。『人生の残り時間』にも注目してください。意外な発見があります。
年月日 | 年齢(人生の残り時間) | 内容 |
---|---|---|
1873年01月03日 | 0歳 (あと84年) | 小林一三、生まれる |
1957年01月25日 | 84歳 | 小林一三、急性心臓性喘息により死去 |
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小林一三にとくに関係の深い人物を紹介。家族や恋人、友人など。
エピソード・逸話
知られざる興味深いエピソードの数々。
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名言・最後の言葉
小林一三が語ったといわれる言葉。人柄や当時の心情が見えてきます。
- 「素人だからこそ玄人では気づかない商機がわかる」
- 鉄道会社が百貨店を直営することに、小林は周囲から疑問を投げかけられた。その際に言った小林が言葉。
- 「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ」
- ビジネス哲学研究会編『決断力と先見力を高める 心に響く名経営者の言葉』より。
- 「金がないから何もできないという人間は、金があっても何もできない人間である」
- 川北義則著『人生に必要なのは、勇気と希望と少しのお金』より。
- 「百歩先の見えるものは狂人扱いされる。五十歩先の見えるものは多くは犠牲者となる。十歩先の見えるものが成功者である。現在が見えぬ者は落後者である」
- 山口智司編『経営者100の言葉』より。
子孫・子ども
偉人の血を受け継いだ方々を紹介します
- 小林冨佐雄(こばやしふさお)
- 小林一三の息子(長男)にあたる。東宝代表取締役社長。
- 松岡辰郎(まつおかたつろう)
- 小林一三の息子(次男)にあたる。松岡家に養子入り。松岡汽船代表取締役社長、東宝代表取締役社長。
- 小林米三(こばやしよねぞう)
- 小林一三の息子(三男)にあたる。京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)社長。
- 小林とめ(こばやしとめ)
- 小林一三の娘(長女)にあたる。
- 鳥居春子(とりいはるこ)
- 小林一三の娘(次女)にあたる。サントリー創業者である鳥井信治郎の長男・吉太郎の妻。
- 小林喜美(こばやしきみ)
- 小林一三の孫(次男・松岡辰郎の長女)にあたる。のちに一蔵の三男・小林米三の養女となる。阪急電鉄相談役・小林公平の妻。
- 松岡功(まつおかいさお)
- 小林一三の孫(次男・松岡辰郎の長男)にあたる。東宝名誉会長、フジテレビ取締役。テニス日本代表。妻は宝塚歌劇団の千波静。息子に、タレントでテニス日本代表だった松岡修造。
- 鳥井信一郎(とりいしんいちろう)
- 小林一三の孫(次女・春子の息子)にあたる。サントリー社長、会長。
- 小林公一(こばやしこういち)
- 小林一三のひ孫にあたる。阪急阪神ホールディングス取締役。宝塚歌劇団理事長、演出家、プロデューサー。
- 松岡宏泰(まつおかひろやす)
- 小林一三のひ孫(次男・松岡辰郎の長男)にあたる。東宝東和株式会社 代表取締役社長。
- 松岡修造(まつおかしゅうぞう)
- 小林一三のひ孫(次男・松岡辰郎の次男)にあたる。タレント、テニス日本代表。妻はアナウンサーの田口恵美子。
- 鳥居信宏(とりいのぶひろ)
- 小林一三のひ孫(次女・春子の孫)にあたる。サントリー株式会社取締役。
- 坂口美木子(さかぐちみきこ)
- 小林一三のひ孫(次女・春子の孫)にあたる。夫は坂口元一。